Romancer様から、とっても素敵な小説をいただきましたO(≧▽≦)O
ご本人のご厚意により、掲載の許可をいただきましたので、さっそく…♪
当然ですが、無断転載、お持ち帰りはお断りいたします。
著作権はろまさんにありますので! どうしても欲しいという方はコメント残してくださいね。確認してみます。
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赤く瑞々しく実り、毎日の食卓を彩ることの多いトマト。
独特の酸味と甘みを持つこの野菜は、サラダにもジュースにもよく使われる。比較的安価に、しかも手軽に手に入れることができる為、ビスクなどではポピュラーな野菜として認識されている。
しかし、実のところを言うと、安定供給がなされているのはシェル・レランのように専用農地を持つような組織と、その傘下にいる人間だけである。冒険者などが個人で収穫するとなれば、野生トマトの群生地へと足を運ぶしかない。
そして、その群生地として知られているのは―――かの女蛮族アマゾネスが巣窟、ヴァルグリンドの巣の近辺であった。
/やせがまん
空模様が怪しくなってきたのは、四半時ほど前だったろうか。収穫したトマトをこれでもかと鞄に詰め続けたエルモニーの女が、「あと少しくらいは大丈夫っ」などと当てにならない目星をつけた途端、雨は盛大に降り出した。
レクスール・ヒルズにおいて、雨は珍しいものではない。一日に必ず一回以上。およそレクスール全域において降雨量がゼロの日は存在しない。この雨が大地を潤し、豊かな自然を形成している。
しかし、この雨はまた、冒険者達の悩みの種でもあった。なにしろ金属製の武器や鎧は錆びる、服は濡れる、狩りの最中に風邪をひく、下手をすれば肺炎になる等――厄介なことこの上ない。もっとも、おかげで薬剤店では風邪薬が飛ぶように売れるのだが。
……ともあれ、雨が振ったのではトマトの収穫作業も中断せざるを得なかった。
「むー……あと少しで150個だったのになっ」
モルゲンステルンを地面に突き刺し、そこに獣のなめし皮を被せて製作した小さな簡易テントの中、エルモニーの女は、身を狭めて座りながらも、天から落ちてくる雫を睨みつけた。愛嬌のある頬を、ぷぅっと膨らませ、いかにも不機嫌そうな様子を見せている。
「この雨ではどうにも仕方ないですよ。なに、いつものように長い時間は降らないでしょう」
小さな彼女を柔和な表情でなだめるのは、朝方、護衛に雇われたニューターの男である。
無論、小さなテントに入れるのは体格の小さなエルモニーの彼女だけなので、彼は彼女の傍に立ちながら、まるで濡れ鼠のようになっている。
「少し早いですが、この間にお昼にしてしまいましょうか?」
濡れていることなど微塵も気にしていないだろう、にこやかな微笑み。スチール製のプレートメイルに丸サングラス、という風袋に、その表情はなんとなくアンバランスだった。
「ん……と、そうだねっ。他にすることもないしっ」
答えて、エルモニーの女はテントの影からちらちらと、ニューターの男を見る。彼は自身のアイテム袋(防水加工されている)の中から、雨に気をつけながら弁当を取り出していた。
――相も変わらず、自身はずぶ濡れのままで。
「……その、ロマンサーさんっ」
その、あまりにもあまりなずぶ濡れ具合が気になったのか。エルモニーの女は、おずおずと声をかけた。弁当を手に、護衛屋――ロマンサーが振り返る。
「はい、―――ああ、ロマで結構ですよ」
「え、ん、えとっ、じゃあロマ……ロマさんっ。その、ですね……」
言うべき言うまいか。エルモニーの女は、言葉を途切れ途切れにさせる。
「はい、なんでしょう?」
対して、ロマは本当に、雨など意に介していないのだろう。濡れた前髪を無造作に掻きあげながら、あくまでにこやかだ。
エルモニーの女は、そのにこやかさをもう一度見てから、意を決したように、大きく息を吸い込むと、
「……っ、その、……サングラスが似合ってませんっ!」
なんだか、とても失礼なことを、思い切り口走っていた。
……無音。
いや、雨音だけが変わらずそこで遊んでいる。
言葉を受けたロマは、長い一拍の間をおいて、ようやっと「ハハッ…」と軽い苦笑を一つ浮かべ、
「よく言われます」
やはりアンバランスな表情で、そう返した。
「……雨、やまないねっ」
エルモニーの女は相変わらず膨れている。
早めの昼食から、少しばかりの時間が流れた。
ロマは空の雨雲の動きを視線で追いながら、
「もうそろそろ……。あと、二十分ほどだと思いますよ」
と、予測を立てた。
エルモニーの女は、やはりテントの影からチラチラッとロマの様子を伺う。と、言ってもそれは似合わないサングラスをいつまでも気にしているわけではなく――
「ロマさん、ロマさんっ」
「はい、なんでしょう」
「あの、大分ずぶ濡れですっ。大丈夫ですかっ」
今更と言えばあまりに今更だった。
ロマは、やはりアンバランスに……どこまでも柔和に笑う。そして、
「慣れてますから」
と、簡単に言ってのける。
のけた矢先、エルモニーの女は小さく首をかしげた。
「濡れることに慣れてるんですかっ?」
「ええ。それに、依頼人を濡らさないことにも」
誇らしげに言うロマ。
エルモニーの女は「おおっ」と感嘆の息を漏らす。
「でもっ、寒くはないんですかっ?」
「ええ、慣れてますから」
「わかりましたっ、やせ我慢ですねっ!」
笑顔。輝くばかりの。まったく見も蓋もない。
「………………ま、まぁ」
「やっぱりっ!」
……これが性格の為せる業だろうか、さしものロマもひきつった苦笑を浮かべた。いや、浮かべるしかなかった。
「おおっ、そうですっ」
ぱんっ。と、両手の合わさる音。
彼の胸中など知ることも無く。エルモニーの女は、元気一杯とばかりに、手を叩いた。まるで何か良いことを思いついたかのように、しきりに手を叩いては頷いている。
「ロマさんっ、ロマさんっ」
「な、なんでしょう……?」
先ほどよりも、ずっと覇気の無い様子で、それでもロマは尋ね返した。
エルモニーの女は、えへへー、と愛嬌のある笑顔をいっぱいに浮かべ、
「あのですねっ、このトマトで、ミ――――」
「―――――ッ、失礼!」
ぎぃ ん、と 鈍い音がした。
それは刹那のことだ。
ロマは、そのテントごと、護衛対象を包み込んでいた。
その両の腕で。その濡れた体で。
背中に、プレートメイルに、安いシミターによる、傷が残った。
女蛮族アマゾネスの、襲撃!
「ええいッ、」
背後を見ずに、ロマは鋭く蹴りを放った。
女蛮族がシミターを愛用することは経験上、識っている。
無論、その射程がどれほどのものなのかも。
「礼節の欠片も無いッ!」
振り返りざまに、三連の旋風レッグストームを放った。
当たらずとも、これで牽制できる。
案の定、空を切ったのだが、女蛮族のとったバックステップは読み通り。
「ロマさんっ! これ!」
地に刺さったモルゲンステルン。即席テントの支柱。
エルモニーの女が懸命に引き抜こうとするのを、ロマは後ろ手で制した。
「必要ありません」
「で、でもっ!」
悲鳴のような声。
その確かな狼狽が、背中越しに伝わる。
だが、ロマはそこで笑顔を浮かべた。
「本当に、必要ありませんよ」
ただしアンバランスな、その表情にではなく。
「――――貴女が濡れてしまう」
背中に、誇るように笑顔を浮かべて見せた。
※ ※ ※
たわわに実ったトマトの赤が、雨上がりの日差しによく映える。
彼方には、虹も浮かび上がっていた。破顔するような快晴である。
「ロマさんっ、雨あがりましたねっ」
「ええ、ようやっと」
空の日差しに負けない笑顔で、エルモニーの女はいそいそと、収穫鎌を取り出す。
「よしっ。あと300個は楽勝ですっ」
「がんばってください」
意気込む依頼人に、ロマはにこやかな応援を送った。
「はいっ! ……と、そうだっ、ロマさんっ!」
元気よく答えて、トマトに向かったかと思いきや、エルモニーの女は、途中で威勢よく振り返った。
ロマはもう習慣になったかのように、定番の言葉を返す。
「はい、なんでしょう?」
「寒くないですかっ!」
先程と同じ質問。
「慣れてますから」
先程と同じ答え。
「カッコイイやせ我慢ですねっ」
少しだけ違う、言葉。
「……はい」
……少しだけ、柄にも無く照れくさかった。
「それじゃ、このトマトで、ミネストローネをつくってあげますっ。寒そうですっ。やせ我慢のお駄賃ですっ」
「あ、はい。喜んで―――ご馳走になります」
意外な言葉に、思わず頷いてしまった。
いや、ありがたくはあるのだ。
しかし、遠慮の無い自分の答えに、少しだけの驚きがあった。
「はいっ。それでは楽しみにしていてくださいねっ」
どこまでも笑顔だらけ。
今度こそ、エルモニーの女はトマト狩りに向かっていった。
腰をかがめて、重労働だろうに。実に愉しそうに、トマトを収穫していく。
「人柄、なんて一言じゃあ片付かないか、あれは」
ロマは視界の端の彼女を見ながら、参った、とばかりに笑う。
彼女の前では遠慮も建前も、全てが払われてしまうようだ。
ちょうど、あの雨雲を払った風と太陽のように。
「……さて、俺は自分の仕事をしないとな」
あらためて、突き刺さったままのモルゲンステルンを引き抜いた。
なによりも暖かい、その報酬を受け取るまで―――彼の仕事は、まだ終わらない。
やせがまん/了
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